第6回「小さな仮想世界という実験」 ガンパレードマーチ
(PS/2000年9月28日)
開発:アルファシステム
プレイ状況:2周クリア(ランクS取得済)
あらすじ
<1945年>
 1939年から勃発した第二次世界大戦は、意外な形で結末を迎えることになった。 月と地球の間、24万kmの距離に突如出現した黒い月。それに続く、幻獣と呼ばれる人類の天敵の出現である。
 幻獣。それは要するに、大きな怪獣である。ヨーロッパ大陸で、あるいは太平洋を挟んで敵対し、戦っていた各国の軍隊と政府は、海から次々上陸しては、アンギャーと叫んで目から怪光線を出すこの無法者に対し、一時戦争を棚上げにして対処しなければならなかった。
 人類同士の戦争は、そこで終わってしまったのである。あるいはそれは画期的なことかもしれないが、民衆にとっては敵が話をきいてくれなさそうな分だけ悲劇かもしれなかった。
  それから、50年。人類と怪獣、もとい幻獣の戦いは今もって続いている。

<1999年>
 世紀末だ、世界の終わりだ、赤字国債で首が回らない、そう叫ぶ今一つの日本、怪獣にいつも上陸される大お得意様日本の地方都市では、ついに学生が戦車の操縦を学ぶ時代になってしまった。
 高校生VS怪獣と言う、アニメが好きなその筋で言えば痛快な構図であるし、社会派をきどるなら、学徒動員とその悲劇と言うこともできよう。
 それもこれも、いつも怪獣にしてやられる日本の自衛軍が悪いのである。  ともあれ。地方都市というのが何ともローカルであるにせよ、あるいは守るべき土地が、郊外の宅地および田園と言えど、「ついに」そういう事態が起きてしまった。
 物語は、こういう状況と事情とその他もろもろに流し流され、たどり着いた少年少女が、戦車高校というそりゃまあ戦時中らしい名前の場所に、かり集められるところから始まる。

コラム本文(執筆日:2006年1月6日)
 このゲームについて語ろうと思っても、色んな場所で語りつくされているのでどうかなと思う今回。しかもかなり夢中でプレイしてたにも関わらず今は売却済みと、あまり思い入れが無いのかなと自分で薄々感じてしまっている部分もあります。しかし、このソフトの意義はかなり大きいと思うので、その事を書いてみます。
 GPMっていうのは色んな意味で実験作ですが、その中でも一番大きく、主題だったのが「学園生活シミュレーターである」ということだと思います。ジャンルの枠を飛び出して、学園という「仮想世界」を作り上げたこと、その可能性を提示した功績は計り知れないと思います。
 さて「仮想世界を成立させた」と多くのプレイヤーに思わせた理由はなんでしょうか? 自分は「プレイヤーとNPCの立場をほとんど一緒にした」ことを挙げます。普通のゲームならば主人公が動くに従って世界(=ゲーム)が動き、まるで「プレイヤーが一方的に世界(=ゲーム)を動かす」かのようです。しかしこのゲームは主人公が他のキャラに影響を与えると同時に、逆に他のキャラも主人公に影響を与えてくる。また主人公以外のキャラ同士でも影響を与え合っている。こういう多数の相互影響が「一緒に世界を動かす」ことを成しえて、仮想世界を成立させたと思います。
 粗いのは否定しません。まだまだステータス値によるフラグ管理をプレイヤー側に感じさせますし、それでもバグもかなり残ってます。さらにポリゴンにせよ戦闘にせよイベントシーンにせよ、明らかに制作費・期間の関係でかなり酷い出来です。世界観もいわゆるアルファシステムサーガを露骨に表に出していますが賛否両論でしょう。
 既にアルファシステム自身が「新世紀エヴァンゲリオン2」、「絢爛舞踏祭」、「ガンパレード・オーケストラ」と更に推し進めていますが、この「仮想世界」という発想はPS2以降、ある意味で「枠」となってしまい閉塞感が出てきた既存のジャンルを超える鍵となると思います。個人的な考えですが、将来的にはGTAみたいな広い3Dフィールドで好き勝手やるようなゲームと合流していって、まさに「世界」と思えるような仮想世界で遊ぶゲームが出てくると思うんですがどうでしょう?
 まぁ、かなりの妄想を垂れ流させていただきましたが、それだけこのゲームに可能性を感じたということを理解していただければ幸いです。



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